韓国の兵役拒否運動の現況と展望

林宰成(イム・ジェソン) / 良品的兵役拒否者、韓国


Global Article 9 Conference to Abolish War / May 2008, Makuhari Messe, Chiba



1.はじめに

 

以前ある本から、日本を「良心的軍隊拒否国家」と表現したのを読んだことがあります。今考えても実にすばらしい言葉に思えます。今でも韓国では個人が兵役拒否で投獄されることが続いており、たくさんの社会的避難の的になっている状況にある一方、お隣の日本が個人レベルの兵役拒否を越えて軍隊自体を拒否する精神を持っているという話は、すごくうらやましいものでした。巨大な自衛隊と憲法9条を無力化させようとする挑戦が依然残っている状況ではありますが、それでも今なお日本の憲法9条は、全世界の平和主義者たちに感銘を与えているし、今後の平和運動においても大きな目標になることは間違いありません。

 

その価値を守ろうと全世界から人々が集まったこの場で、私がお話をさせていただけることを本当に光栄に思います。私は200412月、自分の平和への信念を貫くために兵役の拒否を宣言しました。韓国は徴兵制を実施する中、兵役拒否者たちが他に選択できる代替案を備えていません。韓国政府は彼らに例外なく懲役を下しており、私も同じく兵役拒否を理由に16ヵ月の刑を受け、刑務所生活を送った後、20065月に出所しました。現在は大学院で平和運動に関する論文を準備しながら様々な平和運動に参加させていただいております。

 

今回私は、韓国の兵役拒否運動の歴史と現況についてお伝えしたいと思います。またそのなか、「兵役拒否」とはいまどういった段階におり、今後どういう方向を目指しているのかについて、自分の考えを添えたいと思います。

 

 

2.韓国の兵役拒否運動の歴史と現在

 

韓国の兵役拒否運動の歴史は始まってからちょうど7年が経ちました。もちろん韓国の兵役拒否者の存在は、1939年の日本の植民地支配下で「エホバの証人」の兵役拒否の記録から始まり、これまで13,000人以上を数えています。彼らの多くは「エホバの承認(Jehovah's Witness)」であり、「セブンデー・アドベンチスト協会(Seventh-day Adventist Church)」の人も一部含まれています。しかしこうした長い歴史と数多くの受刑者たちの苦しみは、冷戦と南北の分断という状況、また長い軍事独裁の暴圧的な韓国内の事情により、社会的に浮上されずにきました。また兵役拒否という行為が特定宗教、しかも韓国社会内で異端視されている宗教の行為として位置づけられたのもそういった状況の一因でした。

 

2000年度に韓国で開かれたASEM会議に抵抗した市民団体のフォーラムの場で、AFSO(American Friends Service Committee、米フレンズ奉仕委員会)の活動家は韓国の活動家たちにあることを伝えました。それは台湾では兵役拒否者たちに代替服務制度を認めているということ、韓国でもこれからは兵役拒否者の処罰を防ぐ必要があるのではないかという意見を伝えたのです。その後韓国の活動家たちはエホバの証人たちが置かれた状況を把握していきますが、その凄まじい人権蹂躙の状況の驚愕し、活動に取り組むようになります。これは他国の状況との比較からも明らかになりましたが、当時の全世界で「兵役拒否」を理由に投獄されている人数の90%が韓国の刑務所にいたのです。その後、これまでの実情がマスコミを通じて知られ、2001年の冬、平和活動家で仏教信者であるオ・テヤンさんの公開的兵役拒否宣言があった以来、本格的な兵役拒否運動が始まりました。

 

兵役拒否運動の柱は、「兵役拒否者たちに刑務所ではなく代替服務制度を通じて違う形で義務を果たせるチャンスを与えよう」ということでした。国連の決議案(国連人権理事会で1987年に採択した決議第46号(E/CN/1980/60)と、ドイツ・台湾等の代替服務の事例を参考に、韓国でも至急に制度を改善する必要があるということです。その後、30人余りの兵役拒否者が自分たちの平和の信念に基づいて兵役拒否を宣言しています。彼らはそれまでの兵役拒否者たちとは違って、公に自分たちの信念を発表し、兵役拒否運動に伴って代替服務制度を取り入れるための運動を広げました。そして彼らは全員、兵役法の違反で裁判にかけられるのですが、刑を終えて出所した人もいれば今でも刑務所にいる人もいます。

その間社会的にも多くの議論と変化がありました。まず司法部では2004年に初めて、兵役拒否において無罪の判決が1審の裁判所で下されました。「兵役拒否は憲法が保障している「良心の自由」に当てはまるものであり、これを尊重しない現在の兵役法は違憲」という判決でした。その後すぐ最高裁判所や憲法裁判所で判決が引っくり返されましたが、その判決でさえも「議会は至急に代替服務制度を立法化する必要がある」という意見を出しました。また立法部でも、兵役法の改正案が約30人の国会議員の共同発議で上程され、国防部(国防省)でもこの問題を解決するための民間合同委員会を立ち上げるようになりました。また国連でも、2006年末、個人通報を申し込んでいた2人の兵役拒否者のために韓国政府は早急に対策を立てる必要があり、補償すべきだという意見を出し、また自由権規約委員会でも韓国政府が規約を違反したと決定しています。

これらの成果の上、20079月韓国政府は、兵役拒否者に現行の服務期間の2倍に該当する期間の代替服務を認めるという案を発表しました。拒否の理由を宗教的なものに限定しており、期間と服務の条件を懲罰のレベルにとどめたという限界はあるものの、兵役拒否を絶対認めないとしていた既存の立場からみると大きな進展と言えます。しかし2008年、保守の李明博(イ・ミョンバク)政権に切り替わってからは代替服務制度の導入の見込みが不透明な現状です。

 

兵役拒否者が公に自分の平和主義的信念をマスコミを通じて伝え、処罰を受け止め、出所してからも様々な分野で活動を広げていくにつれ、彼らの信念に多くの人々が共感を示しています。それは「軍隊」と「軍人」というものの本質に気づけさせ、それに従うしかない現実に立ち向かおうとする気持を膨らませています。拒否の代価が「刑務所」であるだけに、兵役拒否者の数が飛躍的に増えるようなことはありませんが、多くの人が自分の軍生活について考えるようになったのです。またある現役軍人は、もし韓国軍が派兵されることがあれば自分は軍人の一員としていられないという信念で、選択的兵役拒否をした例もありました。

 

 

3.韓国の兵役拒否運動についての評価と展望

 

兵役拒否という行為自体は、極めて個人的な選択・過程です。その行為が持っているプロテスタント的ルーツもそうでしたし、韓国のエホバの証人たちの姿も同様でした。しかし2001年以後、政治的信念を理由に兵役を拒否を宣言した人々の登場と共に、兵役拒否は韓国社会で重要な平和運動の一つになりました。

兵役拒否運動は二つの側面から行われます。一つは人権という軸であり、つまり徴兵制という国家制度のなかで特定の信念を持った人々に配慮する「少数者への配慮」という次元です。この目標は韓国のように年に1千人余りの若者が刑務所行きとなる状況で極めて急ぐべき目標であり、重要な課題でした。しかし、韓国の兵役拒否運動に参加している人々は運動の初めからこの次元の限界をはっきり認知していました。つまり、制度の改善を超えて、兵役拒否運動のもう一つの軸である「軍隊の存在自体に対する問題提起と戦争に立ち向かう積極的な実践としての兵役拒否運動」を築かなければならないし、その構築を目指したのです。

 

こうした変化は進歩勢力の中でも表れました。韓国は長い間、軍事主義文化のなかで民主化運動を進めてきたために、反対の手段で武力を使うことにそれほど抵抗がありません。また、南北分断の状況で統一という目標が絶対視された上に、そのフレームの限界から軍隊や武器そのものについて考える機会が充分ではありませんでした。そのため、現在でも多くの社会運動家は兵役拒否について抵抗感を抱いており、少数の急進的な運動として低く評価される傾向があるのも事実です。しかし時間が経つにつれ、そうした傾向よりは兵役拒否の前向きな面に共感し、軍隊と暴力そのものについて考えることが増えていると言えます。

それは最近韓国の平澤(ピョンテク)の米軍基地の拡大に反対する闘いで、米軍への反対からというよりは、「農地が軍隊より大事」という平和的感受性で広がっていった例からも確認できます。日本の「反基地運動」が今、韓国で始まりつつあると言えるのです。これはこれまでの米軍に反対する運動ではなかった視点ですが、その中では軍隊そのものに対する兵役拒否者の考えが一定の役割を果たしています。また最近行われた韓国の国会議員選挙で、進歩系政党が専業軍人を候補に擁立したことには多数の批判が向けられたし、批判者たちがその候補に投げられた最初の質問は「兵役拒否を認めるか」ということでした。これは今や、進歩勢力のなかで兵役拒否の問題は平和に関する重要な尺度であることを示しているのです。

 

 

 

4.おわりに

 

7年という年月の間、兵役拒否運動は韓国社会に大きな変化をもたらしたと思います。昨年にあった国防部の代替服務制度の発表以来、現在兵役拒否者の拘束は暫定的に止まっている状況です。20093月の立法化を予定していましたが、現在はその見込みが不明なのが事実です。しかし国がこうした変化を見せたのは、もはや前に引き戻すことのできない重要な基点を乗り越えたものだと言えます。

また、2003年のイラク戦争を前後に起きた韓国社会の大衆的平和運動の流れとともに、兵役拒否は韓国社会に大きなメッセージを与えています。つまりこれまでの統一運動がもたらした「民族中心・反米」の枠を離れ、普遍的な戦争と暴力、軍隊と軍人に対して考える機会を与えています。資本主義社会で、国家の軍隊と軍人のあり方は二つしかありません。戦争をしているか、戦争を準備しているか、そのどちらかなのです。兵役拒否者はその本質を語り、そうした信念を持った人々が処罰を受けずに共存することを求めているのです。

兵役拒否者が刑務所ではなく他の形で服務を果たす機会を与える代替服務制度は、確かに韓国社会が至急に取り入れなけばなりません。しかしその道のりは単なる制度の改善や徴兵制の合理化を越えたものになると思います。軍隊を無くすプロセスは、軍人になることを拒否する人々の心を合わせてことだと思います。それは徴兵制のなかで入隊を拒否する人の心、専業軍人でありながらパレスチナの土地を空爆することを拒否するイスラエルの戦闘機パイロットの心、自分が知っていた戦争とはまったく違う「殺りくと破壊」が戦争というものであることに気づいて命令を拒否するイラクに派兵された兵士の心を、合わせていくことだと思います。韓国では兵役拒否運動を通じたそのような努力が続いています。



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5 English 2012, Conscientious Objection to Military Service |UNITED NATIONS PUBLICATION file
4 English 2011, The European Court of Human Rights: CASE OF BAYATYAN v. ARMENIA file
3 English 2009. Documentation on Conscientious Objection in South Korea | Published by: War Resisters' International and Korea Solidarity for Conscientious Objection file
2 English 2009, Korean Government cancelled Alternative Civilian Service | Briefing paper on Conscientious Objection issues in the Republic of Korea file
1 English 2004, Briefing Paper on Conscientious Objection and Human Rights Issues in the Republic of Korea | 60th Session of the UN Commission on Human Rights file

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